独創的な庭造りで注目を集める女性庭師が活躍できる理由とは?羽織る袢纏は決意の象徴
高い梯子に登って庭木を剪定したり、重く大きな石や灯籠を設置したりする庭師。「男性職人の世界」というイメージが強いですが、東京・埼玉でただ一人の女性庭師が活躍しています。
著名漫画家、大手化粧品会社会長の庭造りをはじめ、国内外の鉄道ファンに有名なカレー店「カレーステーションナイアガラ」の駅長さんこと内藤博敏さんのお別れ会(今年6月)の祭壇のデザイン・設営なども手がけたことのある野村ゆみさんです。
そんな彼女の正装は藍染の袢纏(はんてん)です。袢纏とは、和服の一種で羽織を簡略化した丈の短い上着のこと。法被と似ていますが、厳密に言えば襟と袖が異なります。この袢纏を「簡単な気持ちでは着られない」と語る野村さん。その真意とは……。
管理栄養士から転身。異色の女性庭師誕生の経緯
―― 野村さんは管理栄養士から女庭師に転身したとお聞きしました。何か強い動機があったのですか?
幼い頃から自然が好きだったこともありますが、一番のきっかけは病院の仕事に疑問を抱いたからでしょうか。管理栄養士時代は総合病院の地下室で一日中計算ばかり。外が雨なのか、暑いのか寒いのかまったくわからず、朝出勤して仕事が終わると、すでに日が暮れていて。そんな毎日を過ごしながら「私はいつまでこんな生活をするのだろう?」と思ったんです。
―― 数ある職業の中から、なぜ庭師を選んだのですか?それもガーデナーやガーデンデザイナーではなく。
“生き方を変えたい”と思ってから「私のしたいことは一体なんだろう?」と本気で考え抜きました。色々な本を読み漁り、この先の生き方をどうするか、毎日真剣に。振り返ると、人生であんなに考えたことはないくらい(笑)。
地下の人工的な場所で仕事をしていましたので、とにかく自然と触れ合える仕事に就きたかった。以前から盆栽やインテリアなどが好きで、「リビングの続きのようなお庭があると、そこに住む人の心が癒されるんじゃないかしら」とも思っていました。
ガーデナーやガーデンデザイナーではなく庭師を選んだ理由は、お庭全体を手がけたかったからですね。ガーデニングと造庭を分ける定義はありませんが、私の中では、ガーデニングはお花や低木をメインにしていて、造庭は土木作業もすべて行う庭全体を造るものだと考えています。どっちにしようかとなったとき、全部やりたいと思ったんです。
庭造りの発想は、日常生活のすべてからインスピレーションを受けて
―― 野村さんが庭造りで大切にしていることはなんでしょうか?
そうですね、やっぱりお客さまがお庭を見たときに楽しく思ってくださったり、心が癒されたりするようなお庭を造ることですね。私の打ち合わせは雑談のような雰囲気なのですが、その際に、植物がお好きなのか、お花がお好きなのか、それともノーメンテナンスを好まれるのかなど、お好みを見極めています。
また、ライフスタイルや体力の変化などでお求めになる庭も変わりますので、そういったことも総合してお庭のデザインや使う樹木や花を決めています。
―― 野村さんの作風が好きでご依頼されるお客さまが多いそうですが、発想のアイディアはどのようにして生み出されるのですか?
お客さまとお住まい、ライフスタイルなどを頭に置きながらイメージを膨らませていくのですが、パッとインスピレーションが湧き上がることもあれば、なかなか出てこないこともありますね。アイディアが浮かばないときは、事務所を掃除したりして(笑)。掃除で気分転換して、また机の前に座ります。
アイディアは、日常のあらゆることにインスピレーションを受けていると思います。自分が見たり聴いたり体験したりしたことが、熟成されて別の形になって出てくる、という感じですね。
ひとつとして同じ庭はない。だからこそ、手作りの温もり感を大切に
―― 今では珍しい手描きの図面や鳥瞰図にこだわる理由を教えてください。
お客さまのほとんどが図面に慣れていません。そのため、平面の図面からでも、出来上がるお庭をよりイメージしていただけるように、色をつけたりして手描きをしています。手描きだと、温かみがあると喜んでくださいますよ。また、お庭が完成したときに「イメージ通りです」と仰っていただけると、こちらも嬉しくなりますね。
私は、既製品をほとんど使いません。お庭って、ひとつとして同じものはないんですね。それぞれのお庭に最適なものを使おうとすると、既製品では大きさや材質、デザインなどが合わなくて。ですから、必要なものは自分たちで造ってしまいます。そうすると、CADでは描きにくいということもあるんです。
―― 「カレーステーションナイアガラ」の駅長さんのお別れ会の祭壇はご子息さんからのご依頼だったそうですね。
ええ、そうなんです。以前からご子息の方とはご縁があり、それでお声をかけていただきました。実は最初、お断りしたんです。葬儀はしたことがなかったですし、祭壇というと切花を使うのが一般的ですが、私は切り花を使わないので。
でも、「切り花を使わなくても良いんじゃないかしら?」と思いつき、それでお引き受けしました。
―― 祭壇はどのようなイメージだったのですか?
「カレーステーションナイアガラ」といえば、海外の鉄道愛好家も訪れるような、鉄道ファンに愛されているお店です。そこの名物駅長(店長)さんですから、鉄道に関係する祭壇でお別れしていただきたいな、と考えました。イメージは「森の中の線路」です。当日は、搬入から設営まで時間があまり取れない状態でしたが、先方のご厚意で江戸川大学の学生さんたちにも手伝っていただきました。
袢纏に恥じない生き方を。袢纏を羽織るたび、怖いくらい気が引き締まる
―― ところで、袢纏はどのタイミングでお作りになったのですか?
独立して花蝶園という会社を立ち上げ、初めて職人の社員を雇用したときでした。「人が増えたから作ろう!」となって。
―― この袢纏はどのようなときに羽織るのですか?
お客さまにご挨拶するときや、最初にお庭に入って作業するときですね。もっと気楽に作業着感覚で着られる袢纏も欲しいのですが、まだそういうものは作ってなくて。
―― 袢纏のデザインは女性らしいですよね。
後ろのロゴは「花蝶園」という社名に由来しています。四季折々の花に蝶が集うような緑豊かなお庭をイメージしていて。前身頃の襟には社名と「庭」の字を入れたかったんです。
―― 「庭」の字をですか?
「やっぱり入れなきゃね」なんて思って。「庭」という漢字って、とても格好いいと思いませんか?実は私、「庭」って書かれてある看板やトラックを見ると「うわっ!格好よすぎ。やられた!」なんて思っちゃうんですよ(笑)。
―― お庭が好きすぎて、漢字まで愛されているんですね(笑)
自分でも可笑しくなります(笑)。ただ、幸せなことだとも思っています。生き方を変えようと決意したとき、いろいろなものを捨てたんです。ステータスとして持っていたブランド物とか。病院の仕事は安定していたので、何も冒険する必要もなかったはずなんです。でも、それを捨てたときから、「もう後戻りはできない」という覚悟が生まれましたね。
―― 先ほど「気楽に着られる袢纏も作りたい」と仰いましたが、今の袢纏はあまり着ないのですか?
「気楽に」なんて着られないです。むしろ「怖い」とさえ思うこともあって、この袢纏を着ると、いつも以上に責任感や使命感が強くなります。
お客さまの大切なお庭を任されている以上、間違ったことはできない、曲がったことはしたくない、という気持ちになります。また、花蝶園が好きで入社してくれた職人たちのことを考えると、いい加減なことはできませんし、彼らを守る役目もあります。女性が袢纏を着ているだけでも目立ちますしね。そんな意識も再認識します。
私にとって、この袢纏は特別な存在です。羽織るたび、この袢纏に恥じないように生きようと思いますし、「背中にすべてを背負っている」と気が引き締まります。
袢纏は、胸に秘めた決意と想いを“かたち”にしたもの
袢纏を作ったのは社員雇用がきっかけでしたが、それだけでなく、野村さんの中では「とうとう袢纏を作る!」という万感の思いがあったそうです。袢纏は、胸に秘めた決意と想いを“かたち”にしたもの。だからこそ、羽織るたびに自分自身の原点に帰るような気持ちになり、地に足をつけて前を見据え進むことができるのではないか、と感じました。
行動力があって思い切りの良い女性。「人生、挑戦して失敗は“あり”だけど、挑戦しないは“なし”ですよ」とたおやかに笑う野村さんの現在の活躍の裏には、彼女自身の言葉の通り、自分の心に従って挑戦し、道無き道を切り開いてきた、たゆまぬ努力がありました。
Interviewer&Writer:佐藤美の
【取材協力】野村ゆみさん
株式会社 花蝶園 代表取締役社長
3歳から15歳まで石垣島育ち、大自然の中のびのびと育つ。女子栄養大学卒業後、管理栄養士として病院に勤務。自然を身近で感じられる仕事に就きたいと思い庭師を目指し退職。千葉大学園芸学部別科に入学。卒業後、修行を経て2008年花蝶園として独立。2014年、株式会社花蝶園設立。独自の感性と風水カウンセラーの知識をプラスして創る作風が好評で、現在9割がリピーター。メディア取材も多数受け、BSショップチャンネルにて販売した「女性庭師が監修した除草液”庭師さんのミネラル除草液”」(2017年4月8日放送)は、わずか30分で3,000本が売り切れた。■URL:http://kt-en.com/