オリジナルTシャツで都会×農業。”畑の八百屋”が目指す未来
場所は、渋谷ラブホテル街のど真ん中。ライブハウス屋上にある“渋谷の畑”では、有機栽培の野菜とお米が伸び伸びと育っています。畑を耕しているのは、3人の男性を中心とする団体「weekend famers(ウィークエンドファーマーズ)」。その名の通り「週末に都会で農業をしよう」というコンセプトを掲げ、2014年から渋谷の地で「育て収穫し食す」活動を展開しています。
「楽しみながら農業し、それが自然に広がったら、さらに楽しい」というウィークエンドファーマーズ代表の一人である小倉崇さん。人と農の話や、団体を結成後すぐに作ったオリジナルTシャツへの想いなどについてインタビューしました。
自分たちで食物を育てることが「生きる力」につながる
―― 小倉さんは雑誌の編集や広告の仕事が本業ですが、農、特に有機栽培に関心を抱かれたのはどうしてだったのですか?
出版社に勤めてから独立をしましたが、当初、航空会社の機内誌を編集している会社から執筆の依頼を受け、世界中を飛び回り記事を書くことになりました。あるとき、「美しい日本のむら景観コンテスト」で農林水産大臣賞を受賞した、山形県の飯豊村の風景写真を見る機会があったんです。その美しさに惚れて、その編集会社に企画を持ち込み、飯豊村に通うようなったことが始まりですね。
それから、2011年の東日本大震災にも大きな影響を受けました。次々とお店の商品が減り、物流が止まる現状を目の当たりにして、「自分で食物を作る人が一番強い」と確信しました。それで、もともと知り合いだった相模原市の有機栽培農家でもあり、後にウィークエンドファーマーズ結成することにもなった油井くんに農業を教えてもらうために週末、訪れるようになったんです。
―― 最初は自分で農業を体験したいということだったのですか?
そうですね。教えてもらうつもりが、有機栽培農家の厳しい現状を見て意識が変わりました。小規模農家が1万円を稼ぐには、こんなにも手間暇がかかるものなのかと。
「油井くんの美味しい野菜のファンを増やしたい」と考え、農体験プロジェクトを始めました。こうした活動が、人を伝って現在のライブハウス運営会社の目に留まり、お声をかけていただいたんです。
―― では、都会で農業をしようとは思っていなかったのですね?
最初は「そんなことができたら楽しいよね」という程度で、土地も所有していませんので、まさか渋谷でやれるとは思ってもみませんでした。お話をもらったときも「マルシェを実施してほしい」という依頼だったんですが、マルシェはすでにさまざまな地域で行われていたのでおもしろくない(笑)。よくよく聞くと、屋上には芝生が敷き詰められているだけ。それなら、そこで畑ができるんじゃないか、となったんです。
屋上の一角でお米も収穫。脱穀・天日干し・精米まですべて手作業
―― 渋谷の畑ではどのような野菜を育てているのですか?
冬の間に土を肥えさせ、春夏に作物を植えるようにしています。今夏は、トマト、ネギ、人参などですね。
また、ペットボトルを使って米も栽培しています。参加者を募り、自分の稲を田植えしてもらい、私たちがお世話します。昨年は、皆さんそれぞれ、ごはん茶碗1〜2杯くらいの収穫量がありましたよ。今年はもっと採れそうですね。
―― コンパクトな場所でそれだけ収穫できるのですね。やっぱり美味しさが違いそうです。
そりゃ、自分たちで作った野菜やお米は美味しいですよ。少し不出来でも美味しい!親バカというのでしょうかね(笑)
米は収穫しただけでは食べられなくて、脱穀、天日干し、精米まで自分たちの手でやるんですよ。
―― 精米は機械を使って、ですか?
いえいえ、昔ながらの原始的なやり方です。脱穀はまだしも、精米なんて本当に時間がかかる(笑)。木箱に米を入れ、木の棒のようなものでひたすらガリガリと擦って精米するんです。家族4人分の量でも1時間はかかるかなぁ……。大人は音を上げますが、子どもたちは楽しそうにやってくれますね。
―― 驚きました。そこまで手作業とは……。でも楽しそうです。今年は恵比寿ガーデンプレイスでも農業イベントをされたとか。
ゴールデンウィークのイベントとして参加しました。恵比寿新聞の方に話を持ちかけられ、農作業体験を企画しようとなりまして。3月に恵比寿の保育園の子どもたちに種まきをしてもらい、5月に収穫の予定でした。
ところが、ルッコラなどの葉物は上手く育ってくれたのですが、一方でニンジンなどの根菜類が思ったより育たず、その場で食べていただくには小さすぎ、どうしたものかと考えあぐねました。もしかしたら「この企画に参加される方は、ご家庭でも野菜の栽培をしてみたいと思っているかも……」と考え、持ち帰りを提案したんです。そうしたら、皆さん「持ち帰りたい!」と。あっという間になくなりました。「都会生活をしていても、作物を育てたいという欲求があるんだなぁ」と実感しましたね。
一体感を生むオリジナルTシャツはメディアでもある
―― 今の団体のオリジナルTシャツは二代目で、初代のものもあるそうですね。制作の経緯を教えてください。
ウィークエンドファーマーズを結成後、すぐに知り合いのデザイナーにロゴを作ってもらいました。3人で立ち上げたこのチームは、僕にとってはいわばロックバンドのようなもの。僕は昔からロックが好きで、「ギターの代わりに、クワを手にバンドをやろう」なんて冗談を言っていました。それで、せっかく楽しいことをするのだから、お揃いのTシャツを作ろうとなったんです。
―― 初代も二代目もおしゃれなデザインだから街中で着られますね。
そう言っていただけると嬉しいですね。初代は、内側の背中上部にも手の形がデザインされていて、よく見ると、その手の中に小さな野菜がぎっしり描かれているんですよ。
現在の二代目は、胸に「FARMY」とシンプルにデザインしました。ほら、街中でよく「ARMY」の英字Tシャツを見かけませんか?あるとき、そのTシャツを見ながら「F」をつけたら「ファーミー(農園などの意)」になるんじゃないか?と閃いて(笑)。武器を持つんじゃなくて、農業やろうよ!という遊び心の入ったメッセージです。
―― このTシャツは、どのように活用されていますか?
イベントを通じて「農」でつながるコミュニティが広がっていて、その仲間たちに声をかけて希望者分も作りました。収穫祭などのイベントがあるときは、参加者たちと一緒に着ています。お揃いのものを着用すると一体感も生まれますし、「よーし!やろう!」という、良い意味でトリガーになりますね。それに、こういうオリジナルTシャツって、メディアになると思うんですよ。
―― Tシャツがメディアですか?
初代のオリジナルTシャツは作りすぎて、まだ自宅に残っています。でも、それは無駄ではなくて、今でも現役で活躍してくれています。例えば、仲良くなった人にプレゼントして、Tシャツをコミュニケーションツールにしたり、活動の宣伝広告というつもりで、お渡ししたり……。これってメディアの役割と同じですよね。
Tシャツって、人それぞれの思い入れがある品物だと思うんです。その人の人生が染み込んでいるというか。僕は、好きなロックバンドのTシャツを着ると、今でもテンションが上がりますし、見ているだけで音楽が聞こえてきます。だから、ウィークエンドファーマーズのTシャツにも思い入れがありますね。
―― 農業からTシャツのデザインに至るまで、人生を楽しんでいらっしゃいますね。
楽しみながら未来の生活を変えていけたらいいな、と思っています。僕たちは、都心でも無理せず、自分の生き方を豊かにする大きなコミュニティを作りたい。だから、ウィークエンドファーマーズが、ある種の公園であれば、と願っています。野菜を通じて集まってきた人たちが交流する場ですね。野菜っておもしろいことに、年齢、性別、立場、言語に関係なく「美味しい」でつながれる力を持っています。そこが魅力です。
そして、なるべく未来をより良くしたいと思うのですが、主義主張を真正面から掲げて他の考え方を排斥するのではなく、「こんなこと、やってみませんか?」というスタンスで都会に畑を増やしていきたいですね。
人と人をつなぐオリジナルTシャツがコミュニケーションを広げていく
ごくごく自然体で、都会で農業をしている小倉さん。「夢中になって活動していくと、おもしがってくれる人が現れ、その人たちが新しい扉を開いてくれる」と語ります。
その背景には、人を大切にする姿勢や、すべてのことを楽しみに変えて取り組む生き方が影響しているように感じられました。Tシャツがメディアになるという発想は、とても新鮮でしたが、単に役立つツールではなく、自分たちと一心同体のような存在として位置づけている様子が伝わってきました。一心同体の存在だからこそ、Tシャツが人の心をつなげていくのでしょう。
Interviewer&Writer:佐藤美の
【取材協力者】小倉崇さん
編集者/渋谷の農家
東京都生まれ。出版社勤務を経て、独立。出版・広告を中心に活動する傍ら、農に目覚め、全国の農家を取材する。2014年weekend famersを設立。著書に『LIFEWORK街と自然をつなぐ12人の働き方と仕事場』(祥伝社)。2016年にはweekend famersでも活動の日々を綴った『渋谷の農家』(本の雑誌社)を出版。■HP:http://weekendfarmers.jp/