日本屈指のレゲエベーシスト小粥鐵人さんが40歳を過ぎてからTシャツのデザインを始めた理由

日本から遠く離れたカリブ海の島国、ジャマイカで1960年代後半に流行したスカ~ロックステディという独自の音楽から進化を遂げ1970年代に誕生したレゲエは、ギターや鍵盤の裏打ちとベースの大地を揺るがすような太い低音が特徴の音楽です。

 

世界で最も有名なレゲエアーティストといえば、やはりBob Marley(ボブ・マーリー)。テレビCMなどでもしばしば曲が使われ、多くのアーティストがカバーしているので、誰もが一度は聴いたことがあるのではないでしょうか。

 

Bob Marley – Is This Love

 

レゲエは日本でも人気があり、90年代に「ダンスホールレゲエ」がブームになったのをキッカケにリスナーは増え続けています。しかし、日本でレゲエを演奏するバンドは未だ希少な存在。そんな日本のレゲエシーンで、ベーシストとして長きにわたり一線で活躍するのが小粥鐵人(コガユ テツンド)さんです。

 

Matt Sounds backing Stranger Cole

 

鐵人さんはレゲエバンド、ROCKING TIMEのベーシストとして2001年にメジャーデビュー。バンド解散後も、TUFF SESSIONやThe Nishiyaad、TETSUNIQUESなど、さまざまなバンドで活動し、2014年にはジャマイカの音楽を愛する凄腕ミュージシャン達と共にMatt Soundsを結成。ジャマイカンレゲエアーティストの来日公演のバックも幾度となく務めてきました。

 

鐵人さんはレゲエベーシストとして多忙な日々を送る傍ら、WORKER BEE WORKSという自身のブランドでデザイナーとしても活躍中。オリジナルデザインのTシャツやバックを販売しながら、webサイトやCDジャケットのデザイン、イベントのフライヤー、さらにはミュージックビデオまで幅広く手掛けています。

鐵人さんがデザインしたスカバンド「SILVER SONICS」のアルバムジャケット

 

今回は二足のわらじを履く鐵人さんにお話を伺い、レゲエとデザインの魅力に迫ります。

レゲエに込められた「ラブ&ピース」の本当の意味

 

ーー鐵人さんがレゲエに魅せられたキッカケは?

 

鐵人さん(以下、鐵人):実は僕、元々ロックが好きなんですよね。高校1年のときにローリング・ストーンズの音楽に出会い、頭をカチ割られたような衝撃を受けてバンドを始めました。ストーンズのアルバムの中にレゲエアレンジの曲がたくさんあって、聴いているとそれが妙に気になり始めました。やがて、ストーンズのレゲエの曲だけを集めたテープを自分で作って聴くようになり、レゲエにどんどんハマっていきました。その後25歳くらいでレゲエバンドROCKING TIMEを始め、そこから今まで、人生の半分はレゲエ漬けです。

 

ーーローリング・ストーンズのように「ロックをやりながらたまにレゲエ」というスタイルは考えませんでしたか

 

鐵人:その時はとにかく「レゲエだけがやりたい!パンクバンドがライブでパンクミュージックだけをやるようにレゲエだけをやってみたい!」という強い気持ちがあったんです。レゲエのベースって本当に独特で、他のジャンルとは全然違う。だからこそ、夢中になったのかもしれません。ベースのフレーズは決して難しくないんだけど、レコードから聞こえてくるような太い音とグルーヴが出せなくて、「どうやって弾いてるんだろう?」って。周りでレゲエをやっている人なんていなかったから、誰かに教えてもらうわけにもいかず、ひたすら音源を聴きながら一人で学びました。

 

ーー25年間レゲエベースを弾き続けた鐵人さんにとって、レゲエとはどんなものですか?

 

鐵人:一般的にレゲエというと平和的で柔らかなイメージを持つ人が多いですが、実際はパンク精神溢れる反骨的な面を持つ音楽です。これには、ジャマイカ国民のほとんどが16世紀に西アフリカから強制移住させられた黒人奴隷をルーツにもつことが根底にあると思います。貧困や差別といった人の痛みを知る人達が、そこにはない自由を求めて唄った「ラブ&ピース」にこそ本当のメッセージがあるとレゲエから学びました。

 

一見満たされた生活を送ってきた私たち日本人は人の痛みに対して鈍感になっているのかもしれません。それでも弱い立場の人の声に耳を傾けて、自ら声を荒げるパンクな気持ちを僕は常に持っています。ベースにおいてもリズムの捉え方はとてもタイトだということを今まで共演したジャマイカのアーティストからも教えてもらいました。

25年間レゲエベースを弾き続けた鐵人さん

「3.11」をキッカケに始めたTシャツのデザイン

 

ーー鐵人さんがデザインを始めたのはいつからですか?

 

鐵人:WORKER BEE WORKSという名前でイラストやデザインの仕事を始めたのは、「3.11」の震災の後からです。昔から絵を描くのが好きで、学生の時は教科書が落書きで真っ黒、みたいな子どもでした(笑)。父親が写真植字(※)の職人で、自分も20代の頃はバンドをやりながら写真植字の仕事をしていたので、何となく印刷に関する知識はありましたが、デザインに関してはレゲエベースと同様に完全な独学です。

 

※写真植字…雑誌などの印刷物を作る際、専用の機器を使って文字などを印画紙やフィルムに印字し、写真製版用の版下などを作ること。印刷業界でパソコンが使われるようになるまではこの技術が用いられていた。

 

ーー「3.11」以降からデザインを始めた理由は?

 

鐵人:テレビ越しに津波で全てが流されていく現実と、その後の原発事故、傷を負った国民に全く寄り添おうとしない政治家・企業家のあり方を目の当たりにしたとき、それまでの自分の価値観が大きく変わりました。

 

ROCKING TIMEでメジャーデビューした頃などは、自分をよく見せようという気持ちや、人に評価されたいというような気持ちがあったと思います。でも、ずっと人と競ったり、自分を人と比べることの窮屈さに飽き飽きしていたし、何の意味もないと目が覚めたんです。僕は誰かより上手くベースを弾きたいわけじゃないし、誰かよりたくさんTシャツを売りたいわけでもありません。もう誰とも競わないと決めました。

 

震災をキッカケに、「自分が本当にやりたいことを、本当に必要としてくれる人のためにやりたい」と心から思うようになり、もともと好きだったTシャツのデザインを本格的に始めました。

 

音楽(バンド)は自分がやりたいこと。そして、一人でもできるイラストやデザインは、音楽よりも制約も少なく、さらに自由にメッセージを表現することができます。

「正直な気持ちを抑えない」――Tシャツデザインのこだわり

 

ーーTシャツはどのように作っていますか?

 

鐵人:まずは、手描きした絵にクリアファイルを重ね、絵に沿ってカッターでカットします。こうしてできた版をステンシルシートの要領でTシャツのプリントしたい場所に重ね、筆でインクをのせていきます。

 

いくつかの道具さえあれば誰でもすぐに始められる方法です。版は多い場合、1枚のTシャツで7枚くらい使います。どんなデザインでも必ず後ろ見頃の裾に小さくブランドネームを刷るのがこだわり。ここにプリントが入っていたら僕だったら嬉しいなと思って。

 

だいたい1枚刷るのに、版を洗ったり、ドライヤーやアイロン掛けの作業を含めて、30分から長くて50分くらいはかかりますね。

 

ーーデザインのモチーフには黒猫など動物が多いですが、意味はありますか?

 

鐵人:猫は……可愛いですよね(笑)。子どもの頃流行した「黒ネコのタンゴ」って曲がたまらなく好きでした。今も自分のバンドでたまに歌っていますし、黒猫はWORKER BEE WORKSを象徴するモチーフと言っていいかもしれません。

僕、子どもの頃から可愛いものが大好きだったんですよ。今思い返すと…中学の時にお小遣いを貯めてぬいぐるみを買っていて(笑)。それって当時の自分にとっては恥ずかしいことだったので、そういう面は隠してきたつもりでした。だけど、震災後は正直な気持ちを抑えるのをやめたんです。

 

ーーデザインでレゲエを意識することはありますか?

 

鐵人:直接的にレゲエを意識することはあまりないですね。WORKER BEE WORKSにラスタカラー(※)のデザインはありませんし。レゲエらしさよりも、ジャンルを越えた音楽そのものの素晴らしさを表現したいということや、自分自身が着たいもの、それこそかわいいものを作りたいという意識が強いと思います。

 

※ラスタカラー…赤・黄・緑の3色を配したジャマイカの思想「ラスタファリアニズム」を象徴する配色。レゲエのシンボルカラーとして定着している。

 

でも、反骨的で愛のあるメッセージや、あまり洗練されていないザラザラとした質感など、間接的に僕が思うレゲエの雰囲気が出ているところはあると思います。インクをのせるときはあまり完璧に仕上げず、少し掠れたり滲んだりするくらいが好きです。

「泣いちゃうくらい嬉しい」、丁寧でアツイ想いを躍らせて

 

ーー最後に、鐵人さんにとってTシャツをデザインすることの魅力とは?

 

鐵人:Tシャツって、気軽なファッションアイテムだからこそ思い入れが深いものだと思うんです。自分が好きなデザインのTシャツを着ていると気分も上がるじゃないですか。それに、「これいいでしょ?」って人に見せたくなるじゃないですか。

 

僕がデザインしたTシャツを誰かのそんな大切なものとして選んでもらえた時、いつも泣いちゃうくらい嬉しいんです。もともと人に頼まれたわけでもなく自分が好きで作ったデザインを、人が喜んでくれてお金を払ってもらえるってそれだけで本当に幸せなこと。だから作る手間はかかるけど、一枚のTシャツは基本的に3000円ほど、高くても4000円ほどと、高校生がバイトすれば買えるくらいの値段設定にしています。

 

これからも、本当に喜んでくれる人のために、手法は変わっていくかもしれませんが、一枚一枚丁寧に作って届けられたらと思っています。

 

 

「パンクな反骨精神」と「可愛いもの好き」という、相反する両面を持つ鐵人さん。ステージ上では極太のベースでレゲエ好きを躍らせながら、デザインするTシャツは女性や子どもにも愛されています。

 

絵を描くことが好きだった40年前の少年が、キャンバスを教科書の隅からTシャツに変えた瞬間、広がった新しい景色。

 

「僕がデザインしたTシャツを選んでもらえた時いつも泣いちゃうくらい嬉しい。それから、ベースで皆を踊らせること。僕の密かな野望は、もうすでに叶っているんです。」

 

そう語りながら目を潤ませる鐵⼈さんのTシャツは、纏う人の気持ちを今日も熱くさせていることでしょう。

 

Interview & Writing & Photo:下條信吾(KaRaLi・Tropicos)

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【取材協力】小粥鐵人さん

レゲエベーシスト・WORKER BEE WORKS デザイナー

レゲエバンド、ROCKING TIMEのベーシストとして2001年にメジャーデビュー。バンド解散後も、TUFF SESSIONやThe Nishiyaad、TETSUNIQUES、Matt Soundsなど、さまざまなバンドで活躍中。ミュージシャンでありながら、自身のブランドWORKER BEE WORKSでデザイナーとしても活動している。
Instagram: https://www.instagram.com/tetsundo.march/